日本語には「光り輝く,投げ入れる,書き上げる」のように,2つの動詞が連接した複合動詞が豊富に見られます。また,「食べてみる,仕舞っておく」のように前の動詞に「テ」が付いた表現も日常的に使われます。世界的に見ると,このような2動詞の連結表現は東アジアから南アジア,そして中央アジアの一部にかけての地域に広く分布していますが,多くの言語はテ形に当たる接続動詞を使っています。前の動詞が連用形に相当する「動詞+動詞型」の複合動詞は,東アジアに限られるようで,中でも日本語の複合動詞は数の多さと表現力の多様性において群を抜いています。そのため,言語の専門家にとっては興味深い分析対象であるとともに,日本語を学ぼうとする外国人にとっては手強い学習テーマでもあります。
「複合動詞レキシコン」は,現在の日本語でよく使われる動詞+動詞型の複合動詞(2,700語以上)に意味的・文法的情報を付与し,日本語研究の専門家だけでなく,外国人日本語学習者を含む一般の利用者にも使っていただくことを意図したオンラインデータベースで,様々な検索方法が可能です。
また,個々の複合動詞の見出しから本サイトのコーパス検索システムNLB (NINJAL-LWP for BCCWJ)にリンクを張り,現代日本語書き言葉均衡コーパス (BCCWJ)の例文と関連づけることが可能になりました。求める複合動詞の説明文の右肩にある「NLB」という表示をクリックしてください。
外国人学習者や,言語対照の研究者にも使っていただけるように,新たに,意味定義と用例に英語・中国語・韓国語の翻訳を付け,利便性を向上させました。英語訳は Carolyn Heaton, 中国語訳は陳劼懌(校閲 沈力),韓国語訳は黄賢暻[ホワン ヒョンギョン](校閲 全敏杞[チョン ミンギ],韓喜善[ハン ヒソン] )。
本データベースは,国語研の基幹型共同研究プロジェクト「日本語レキシコンの文法的・意味的・形態的特性」の一環としてプロジェクトリーダー(影山太郎)とPDフェロー(神崎享子)が言語学的な観点から基礎データを作成し,Lago NLP(旧Lago言語研究所、赤瀬川史朗)がオンライン検索システムとして構築したものです。
本データベースに含まれる約2,700の複合動詞は,影山が辞書等から収集した約2,000の複合動詞に,関連する研究文献で扱われている例を神崎が追加して整理したもので,次のような基準で収録されています。
1. | 現在の日本語で一般的に使われている複合動詞を収録する。古語・古典語,あるいは現代語でも特殊な専門分野や文学作品に限られ一般性がない語彙は除外。 |
2. | 動詞連用形+動詞型でないものは除く。たとえば,「読んでみる,止めておく,助けてやる,走って行く」のように前項動詞がテ形のもの,「買いに行く」のように前項が「に」を伴うもの,「暑がる,欲しがる」のような形容詞+動詞型,「役立つ,名指す」のような名詞+動詞型,「行かない,頼みやすい」のような動詞+形容詞型は除外する。なお,テ形を含む動詞連鎖で,意味が慣習化したものが若干見られる。本データベースでは「見て取る」を収録したが,他に「食ってかかる,降って湧く,寄って立つ」などがある。 |
3. | 動詞連用形+動詞型であっても,「〜始める,〜かける,〜忘れる,〜合う」のような統語的複合動詞は除き,語彙的複合動詞だけを収録。 |
本データベースの特徴をまとめると次のようになります。
1. | 言語研究者だけでなく,日本語学習者や言語処理の研究者にも資する内容。 |
2. | 信頼性を重視した収録語数と説明。 |
3. | 検索は,全体検索,前方検索,後方検索だけでなく,ひらがな,漢字交じり表記,アルファベット表記のいずれでも入力が可能。 |
4. | 複合動詞の仕組みが分かるような意味定義と用例。 |
5. | 意味定義と用例には,ネイティブスピーカーが作成した英語訳,中国語訳,韓国語訳を表示。 |
6. | 複合動詞全体の使い方を示す基本文型(格パターン)。 |
7. | 言語学的研究の成果を反映させた語構造の分析。 |
従来の辞書にはない,本データベース独自の特徴は,複合動詞の語構造を表示していることです。これは,2つの動詞の連続体を,前項動詞(V1)と後項動詞(V2)の意味関係や後項動詞(V2)の意味機能に基づいて表示したものです。しかしながら,語構造の考え方は作成者(影山)の言語学的分析が背景になっているので,まだ証明された定説ではありません。ひとつの案として,今後の研究のために利用していただければ幸いです。
1. VV(動詞+動詞)
VVタイプは,2つの動詞がそれぞれ本来の意味と格関係を持つ場合で,「複合動詞」という名称が最もふさわしいタイプである。大まかな見分け方としては,V1+V2が,「V1て,V2」,「V1ながら,V2」,あるいは「V1なので,V2」のように,前項動詞(V1)が後項動詞(V2)を何らかの関係で修飾すると解釈される場合である。たとえば,「(犬が草花を)踏みつぶす」なら「(犬が草花を)踏んでつぶす」と言い換えられる。この場合,前項「踏む」は「犬が草花を踏む」,後項「つぶす」は「犬が草花をつぶす」のように,それぞれが主語・目的語の関係を持っており,「踏みつぶす」全体として「踏むことによってつぶす」という意味を表す。同様に,
このようにVV型では,基本的に後項動詞(V2)が文全体の格関係(項の関係)を決定する。
2. Vs(動詞+補助的な動詞)
前項動詞(V1)は本来の意味と格関係を持つが,後項動詞(V2)は文字通りの意味が希薄になっていて,格関係(項構造)もほとんど失われ,補助的(subsidiary)な動詞になっている。そのため,「V1て,V2」や「Vながら,V」という形で言い換えることができない。たとえば,次のような言い換えはできない。
むしろ逆に,「降りしきる」なら「しきりに(絶え間なく)降る」,「晴れ渡る」なら「空の隅々まで行き渡るように,晴れる」,「死に急ぐ」なら「急いで死ぬ」,「咲き競う」なら「競って(競うように)咲く」,「花が咲き誇る」なら「誇らしげに咲く」,「降り注ぐ」なら「注ぐように(勢いよく)降る」のように,動詞の前後関係を逆転させて言い換えることが可能である。このように,Vsタイプの後項動詞(V2)は,元来の動詞としての機能を失い,前項動詞(V1)を修飾するという補助的な機能になっている。そのため,文全体の格関係はもっぱらV1によって決定される。
3. pV(接頭辞化した動詞+動詞)
「差し迫る」の「差し」,「ぶっ飛ばす」の「ぶっ(ぶつ,打つ)」,「打ち重なる」の「打ち」,「押し隠す」の「押し」,「ひっぱたく」の「ひっ」のように,前項動詞の本来の意味が希薄化し,接頭辞的(p)になっているもの。この場合,前項動詞(p)は後項動詞の意味を強めるだけで,格関係は後項動詞によって決定される。
4. V(一語化)
現代人の語感では,2語で構成される複合動詞というより,一語として固定化していると認識されるもの。たとえば,「(気分が)落ち着く」,「思い出す」,「折り入る(折り入って)」。
◆注意◆
VV型かVs型かの判断は,上述のように意味と文法的機能によるものであり,自立形式か拘束形式かという形態的な相違ではない。
たとえば,同じ「散らす」でも,「食い散らす,蹴散らす」などでは文字通りの「散らす,ばらばらにする,乱す」という意味を持ち,「〜を散らす」という格関係も保っているので,「食い散らす,蹴散らす」はVV型である。他方,「わめき散らす,怒鳴り散らす」の「散らす」は,「あちこち,ところ構わず」というような副詞的な意味になっているから,Vs型に分類できる。
複合動詞の後項として使われる「〜込む」は形態的には拘束形式であるが,意味が2通りある。ひとつは,「入る」あるいは「入れる」という物理的な移動を表す場合で,このときは,「込む」自体が「どこそこに」という着点を取る。「流れ込む」,「流し込む」などはもちろん,「事務所に怒鳴り込む/暴れ込む」のように前項が単純な動作動詞の場合も,「〜込む」が付くことによって「ある場所に」という表現が可能になるから,この「込む」は「入る/入れる」と同様の機能を持つと見なされ,VV型に分類できる。他方,「考え込む,泊まり込む,煮込む」のように,前項動詞が表す事象の結果を強調するような意味の場合は,Vs型である。同じ「走り込む」でも,「交番に走り込む」はVV型,「試合を目前にして,走り込む」という場合はVs型である。
「〜去る」も同様に,文字通り「去って行く」という物理的移動を表す場合はVV型,「完全に」のように程度を表す場合はVs型に分類できる。この基準によると,「走り去る,逃げ去る,運び去る,連れ去る」などはVV型,「消し去る,拭い去る,葬り去る」などはVs型である。
◎Vs型のs(後項動詞)の特徴
後項動詞(s)は,補助動詞的になっているため,次のような制限がある。
(1) | V2(補助動詞)は,V1(前項)の概念的意味に対して何らかの語彙的アスペクトの意味を添加する。[例]「空が晴れ渡る」は「空が渡る」ではなく,「空が晴れる」という事象が「すみずみに及ぶ」という意味。 |
(2) | V2(補助動詞)は,単独で用いられたときの動詞と意味が異なる。[例]呆れはてる,晴れ渡る,思い過ごす,待ちわびる,褒めちぎる |
(3) | V2(補助動詞)は,限られた前項(V1)としか結びつかない。[例]現代語では「〜わびる」は「待つ」としか結合しない。「〜しきる」は「降る」あるいは「鳴く」としか結合しない。 |
(4) | V2(補助動詞)は,現代日本語では単独で使われないものがある。[例]降りしきる,言いふらす,着古す,呼び習わす,黙りこくる,眠りこける |
(5) | V2(補助動詞)は,動詞としての活用パラダイムが不完全なものがある。 [例]興奮がさめやらぬ間に, 待ちきれない(*待ちきれる) |
(6) | V1とV2の意味解釈が単純ではないため,幼児や外国人学習者は習得に時間がかかると思われる。また,成人でも意味が正確につかめず誤用が起こりやすい。[例]煮詰まる(本来は「議論が出尽くして,結論に近づく」という意味だが,最近は「行き詰まって,結論が出ない/先の見通しが立たない」という意味で使われることが増えてきた。) |
◎Vs型が表す意味
(1) 時間的アスペクト(開始,継続,完了など)
●出来事の完了 |
「〜やむ」(降り止む),「〜あげる」(縫いあげる,歌いあげる),「〜あがる」(縫いあがる,干あがる),「〜詰める」(煮詰める),「〜詰まる」(煮詰まる) |
●出来事の不完全な完了,不成立 |
「〜さす」(言いさす),「〜違える」(履き違える),「〜しぶる」(貸ししぶる),「〜悩む」(伸び悩む),「〜違う」(聞き違う) |
●変化結果の強調 |
「〜込む」(寝こむ,上がり込む,考え込む),「〜はてる」(困りはてる),「〜きる」(心が腐りきる,空が澄みきる),「〜かえる」(静まりかえる,あきれかえる),「〜つく」(仕事にありつく,住みつく,さびつく,わずらいつく),「〜あがる」(震えあがる),「〜乱れる」(花が咲き乱れる),「〜はらう」(落ち着きはらう) |
●出来事の開始ないし開始の試み |
「〜かかる」(殴りかかる),「〜つける」(どなりつける),「〜そめる」(明けそめる),「〜起こす」(書き起こす)、「~出す」(飛び出す) |
●出来事の継続 |
「〜暮らす」=一日中続く(降り暮らす,泣き暮らす),「〜しきる」(降りしきる) |
●出来事の反復,習慣 |
「〜込む」(使い込む),「〜習わす」(言い習わす),「〜替える」(建て替える),「〜継ぐ」(語り継ぐ) |
●動作の強調・度合い |
「〜たてる」(さわぎたてる,はやしたてる),「〜おろす」(こきおろす),「〜まわす」(いじくりまわす,こねまわす),「〜かえる」(沸きかえる),「〜たつ」(沸きたつ), 「〜ちぎる」(褒めちぎる),「〜つける」(叱りつける) |
●複数事象の相互関係 |
「〜あわせる」(誘いあわせる,居あわせる),「〜かえる」(電車を乗りかえる,靴を履きかえる)
|
「〜かえす」(押しかえす,聞きかえす),「〜結ぶ」(斬り結ぶ),「〜分ける」(使い分ける,書き分ける)
|
(2) 空間的なアスペクト(事象の展開のしかたを空間(移動)の観点から表現する)
(3) 社会的なアスペクト(事象の展開のしかたを,主語と相手との上下関係の観点から表現する)
統語的複合動詞と語彙的複合動詞の複合動詞の区別は,影山太郎著『文法と語形成』(ひつじ書房,1993年)で述べられたもので,本データベースでは語彙的複合動詞のみを収録し,統語的複合動詞は除外してあります。
統語的複合動詞の特徴
統語的複合動詞は次のような特徴によって,語彙的複合動詞と区別されます。
(1) 後項動詞が次のものに限られる。(姫野昌子『複合動詞の構造と意味用法』(ひつじ書房,1999年)も参照。)
【始動】 | 〜かける(落ちかける,墜落しかける),〜だす(降りだす,印刷しだす),〜始める(落ち始める,演奏し始める),〜かかる(殺されかかる,逮捕されかかる) |
【継続】 | 〜続ける(歩き続ける,演奏し続ける),〜まくる(しゃべりまくる,演説しまくる) |
【完了】 | 〜終える(歌い終える,演奏し終える),〜終わる(歌い終わる,演奏し終わる),〜尽くす(調べ尽くす,調査し尽くす),〜きる(困りきる,困惑しきる),〜通す(黙り通す,黙秘し通す),〜抜く(考え抜く,考察し抜く) |
【未遂】 | 〜そこなう(食べそこなう,見物しそこなう),〜そこねる(食べそこねる,食事しそこねる),〜損じる(書き損じる,印刷し損じる),〜そびれる(食べそびれる,見物しそびれる),〜かねる(引き受けかねる,受諾しかねる),〜遅れる(出し遅れる,返事し遅れる),〜忘れる(出し忘れる,投函し忘れる),〜残す(食べ残す,印刷し残す),〜誤る(書き誤る,判断し誤る,〜あぐねる(尋ねあぐねる,返事しあぐねる) |
【過剰行為】 | 〜過ぎる(食べ過ぎる,執着し過ぎる) |
【再試行】 | 〜直す(作り直す,演奏し直す) |
【習慣】 | 〜つける(食べつける,運転しつける),〜慣れる(食べ慣れる,運転し慣れる),〜飽きる(食べ飽きる,演奏し飽きる),〜こなす(乗りこなす,演奏しこなす) |
【相互行為】 | 〜合う(ののしり合う,非難し合う) |
【可能】 | 〜得る(あり得る,発生し得る) |
(2) 前項動詞との組み合わせが自由。
(1)で「〜かける,〜だす」のように「〜」で表した部分には,意味の解釈が不自然でない限り,どのような動詞でも当てはめることができる。他方,語彙的複合動詞の場合は,たとえば「〜止む」なら「鳴き止む,泣き止む,鳴り止む,降り止む,吹き止む」のように前項が限られている。
(3) 前項動詞には文法的な要素が入ることができる。
前項動詞の「〜」の部分は,一語の動詞とは限らない。
・ | 「演奏する,墜落する,コピーする」のように「名詞+する」でも良い。 |
・ | 「殺されかける,批判され続ける」のような受身動詞や,「歩かせ続ける,行かせそこねる」のような使役動詞,「お忘れになりかける,お出しになり忘れる」のような尊敬動詞,あるいは「食べてしまいかける」のようにテ形動詞などを,場合によっては含めることが可能。語彙的複合動詞ではそれが全くできない。 |
・ | 「油を売る」(=仕事をしないで,さぼる)のようなイディオムを前項に含むことができる。「油を売りかける,油を売り過ぎる」のように。 |
・ | 「そうしかける」や「そうなりかける」のように,前項が「そう」のような代名詞的表現を含むことができる。 |
1. | 【利用環境】ブラウザはChrome,Firefox,Safariに対応しています。 | |
2. | 【論文・記事を公表する場合】複合動詞レキシコンを研究・教育に利用して論文や記事を執筆される場合は利用した旨を明記してください。
|
複合動詞レキシコンの元データはクリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際ライセンスの下に提供されています。以下のクレジットを表示してください。
国立国語研究所(2015)『複合動詞レキシコン』(https://vvlexicon.ninjal.ac.jp/) |
2018/8/1 | 国際版 ver.1.11 公開 |
2014/3/31 | 国際版 ver.1.10 公開(韓国語版追加) |
2014/1/27 | 国際版 ver.1.00 公開 |
2013/5/18 | 開発版 v.2公開 |
2013/3/29 | 開発版 v.1公開 |
複合動詞レキシコン |